シンデレラ


シンデレラ……関口巽
魔法使い/継母……中禅寺秋彦
  姉・エノ……榎木津礼二郎
  姉・キバ……木場修太郎
  ユキエ王子……関口雪絵



 昔々、あるところに、相当恥ずかしがり屋な猿似の女の子がいました。恥ずかしがり屋というのは、
まだ聞こえがいいかもしれません。彼女は対人恐怖症で、人に会うことや、人の中に出ることが、大
の苦手なのです。
 女の子の名前はシンデレラ。
 そんな彼女が、お城への社交界へ行くことになろうとは、誰が予想していたことか。
 一方、姉であるエノは、大変陽気な社交家。おまけに文句のない美人ときたものです。 もう一人の
姉、キバは正義感が強く、腕っ節も強い。美人……ではないが、水商売をやっている同性には、姉御
のように慕われておりました。
 そして、継母は、講談社文庫の頁を、丸ごと台詞で埋め尽くしてしまう程の饒舌家(!?)であり、私
生活ではとても役に立たない本を読むのが大好きな、偏屈者でありました。
 三人は、ことあるごとに、シンデレラを苛めては、可愛がっていました。

 そんなある日、お城から招待状がやってきました。

    エノ:「見ろ!お城からの招待状だ!わははは、宴だぞ、宴。当然行くだろう!?、     
  京極堂」
シンデレラ:「エノさん、一応舞台なんだし、京極堂の名前を言ったらお終いだろう?」
    エノ:「お前は黙れ、猿!キバ、お前も行かない手はないだろう?お前の友達が踊     
  り子として城に来るらしいぞ」
    キバ:「ったく、面倒な話が来やがったな」
シンデレラ:「あの……それって……」
    エノ:「猿!お前には縁遠い話だ、それよりも僕の衣装を用意してくれたまえ」
シンデレラ:「衣装……って、まさか背中に大漁と書かれた、あの着流しのことか?」
    エノ:「当然だ!」
シンデレラ:「……そんなもん着てどうすんだか……」
    継母:「エノさん一人で行ってきてください。城に行った所で何のメリットもなさそうですし。    
  出世には興味ないし、ご馳走も馬車で一時間かかるような場所まで行って、食べたいとも思わな
いので」
   キバ:「俺も、下町の飲み屋で、フルと飲む約束しているからな」
   エノ:「何だと!?ええいっ、仕方がない。猿、この際お前でもいい!よく考えてみれば、     
 城に従者は付きものだからな」
シンデレラ:「……そういう話じゃなかったような……そんな人が多い場所に行きたくな んか     
   ないんだけどな」
  エノ:「猿!お前はノロマだからな、僕は先に行っているぞ!あと城から帰ってきた後に、    
  僕が快適に寝られるように、僕の部屋をちゃんと掃除してから着たまえ。わははははは」
    


 こうして姉エノのみが、馬車馬のヤスとマスを従えて、お城へと向かったのでありました。しかし、シ
ンデレラ・関口は、先述の通り対人恐怖症で、人が大勢集まる城など、以ての外であります。
 おまけに社交界にふさわしいドレスなど、一着も持ってやしません。

 
シンデレラ:「こんな格好で城へ行けだなんて、エノさん無茶苦茶だよ。それにあんな人が多い
       ところへ……ぶつぶつぶつ」
 魔法使い:「何だ、君は。まだそんな所にいたのか」
シンデレラ:「わ!?お義母さん」
  魔法使い:「今は魔法使いということになっている。城の舞踏会へ行かなきゃならないのだろう? 
        君に似合う服は……」

ドロドロドロ〜ン(シンデレラの周囲に、たちまち煙が生じる)

シンデレラ:「何じゃ、こりゃー!?」
  魔法使い:「猿の着ぐるみだよ。よく似合うじゃないか」
シンデレラ:「これじゃ、さっきの服の方がまだマシだー!」
 魔法使い:「君という奴は、この最高級着ぐるみを指して、あのボロ布のような服方 がマシだ    
   というのか。君も仮に物書きの端くれであれば、見る目というのを養いたまえ。この着ぐるみは 
岡山の某村に住む鈴木為吉さん(63)が、こ だわりの絹糸を使い、猿の毛を再現したものだ。職人
の魂が込められた一品であることが、一目見れば判るというものを……」
シンデレラ:「……とにかく別のにしてくれ」
 魔法使い:「仕方ないな」
  
ドロドロドロ〜ン (シンデレラの周囲に、再び煙が生じる)

シンデレラ:「何じゃ、こりゃー!?」
 魔法使い:「日光猿軍団が着ているちゃんちゃんこだ。さすがにちゃんちゃんこだけだと寒いだろう 
        から、首から下はさっきの着ぐるみを、そのままにしておいた」
シンデレラ:「だから猿ネタから離れてくれよ!これじゃあ、いつまで経っても城へ行けないじゃない 
      か!」
 魔法使い:「贅沢なシンデレラだな。シンデレラというのは、我が儘一つ言わない、心の美しい    
        女性だと聞いていたのに。君という奴は、さっきから注文が多くて、僕の手を煩わせて。
        そもそもシンデレラの役自体、君には無理だと思っていたんだ。それをその方がおもしろ
         うからと……ぶつぶつ」
シンデレラ:「だから、今更そう言うことを言うな。それにこれは我が儘という問題じゃないだろう!?」
 魔法使い:「仕方ない。君らしいフォーマルに変えてやるよ」

     ドロドロドロ〜ン (シンデレラの周囲に、再び煙が生じる)

シンデレラ:「やれやれ……やっとまともな服だ」←でも、ドレスは似合っていない
 魔法使い:「舞踏会は既に始まっているな。急がなければならないだろう。そこに
        妖怪・おおかむろの馬車を用意しておいた。それに乗って行きたまえ」
シンデレラ:「……」

 そこには大きな目玉が強烈な、胴体はなく、その分とてつもなく大きな顔の妖怪がおりました。(図
説 日本妖怪辞典/水木しげる著 参照)
 おおかむろはボールのように顔を弾ませながら、お城へと向かいます。
 震度8の地震のごとく揺れる馬車。城に着いた時、シンデレラが酔って倒れたのは言うまでもありま
せんでした。


シンデレラ:「う……ここは?」
ユキエ王子:「気づきましたか、ここはお城の寝室です。ゆっくり休んでくださいね」
シンデレラ:「あ……あの舞踏会は」
ユキエ王子:「舞踏会ですか……何だか着流しを着た変わった方が、城内を仕切っていて、
       私の出る幕がなかったもので……それで外を散歩していたら、お城の入り口で、
       あなたが倒れているのを見かけたのです」
シンデレラ:「う……うう……エノさん……」
ユキエ王子:「どうかしましたか?」
シンデレラ:「あれが身内だと思うと、何だか泣けてきて……」
ユキエ王子:「え?良く聞こえないんですけれども」
シンデレラ:「うう……もう嫌だ、こんな生活」
ユキエ王子:「どうしました?大丈夫ですか?…… え!?ちょ、ちょっと、いきなり抱きつかれ
        ても、困るんですけど」
シンデレラ:「ううう……うう……ひっく」


 シンデレラはユキエ王子に抱きついて、しくしく泣きはじめてしまいました。
 王子様はそんな彼女が可哀想になったのでしょう。
 いつまでも、その頭をなでなでしてあげていました。
 こうして王子様に同情されつつも、愛されるようになったシンデレラ。二人は結婚して、城から離れ
た場所にある屋敷で暮らすことになったそうです。
 一方王位継承を拒否した王子に代わって、王の座に就いたのは、姉であるエノでした。
 エノの持ち前の軍才と、将軍となったキバの武力、くわえて継母の豊富な知識からなる軍略が見事
に功を奏し、弱小国だったその国は、強大な軍事力を誇る大国となった、とのことです。
 めでたし、めでたし。

 ……そう言えばシンデレラと言えば、ガラスの靴だけど……出番なかったな。



京極堂IN昔話 『シンデレラ』
 平成14年12月28日初版発行『新説 変態心理〜怪』にて掲載

 




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