
桃太郎
キャスト
桃太郎……榎木津礼二郎
じいさま/キジ……中禅寺秋彦
ばあさま/猿……関口巽
犬……木場修太郎
昔々、あるところに三度の飯よりも、マニアックな本が好きな偏屈なじいさまと、どこか人間不信のく
せに、一人じゃ寂しいのか、そんなじいさまの傍で悶々と制作活動をしている、ばあさまがおりました。
じいさまは山に芝刈りに……は行かず、いつものように本を読みふけり、ばあさまは、「いい加減洗
濯でもしないと……」と言いながら、川へ洗濯へ行ったある日のことです。
ばあさまが川で洗濯をしていると、ドンブラコッコ、ドンブラコッコと大きな桃が!
ばあさまはさっそく、それを持って帰ることにしました。
ばあさま:「京極堂……じゃなかった、じいさま。川で洗濯をしていたら、こんな大きな桃を拾ったよ。
不思議なこともあるもんだな」
じいさま:「この世に不思議なことなど何もない」
ばあさま:「え!?でも、この桃は……」
じいさま:「ただの桃だろう?とっとと切りたまえ。千鶴子ならとっくに、僕の前に切った桃を出し
いるぞ」
ばあさま:「京極堂……じゃなかった、じいさま。一応舞台設定としては、僕らは夫婦ということになっ
ているんだし、ここで千鶴子さんの名前は拙いよ」
じいさま:「拙いも何も、そもそもこの設定が気に入らないんだ。何が楽しくて、桃太郎を、僕た
ちが演じなきゃいけないんだか。特に君との設定が気に入らないね。友人でもない知人で
ある君と、何故夫婦を演じなきゃならない?」
ばあさま:「今更そんなこと言われても……」
じいさま:「兎に角、とっとと切りたまえ」
ばあさま:「……君は家でもそんな亭主関白しているのか?」
じいさま:「前にも言っただろう、僕は書肆では稀な愛妻家だって。相手が君だからこうなのだよ」
ばあさま:「あ、そう」
じいさまにブツブツ言われながらも、ばあさまは大きな桃を切りました。すると中から可愛らしい男の
子……ではなく、既に成長し尽くした立派な成人男性が!
しかも何とも見目麗しく、それでいてハイテンションな男でありました。
桃太郎:「やぁ、猿君じゃないか」
ばあさま:「……設定では赤ん坊が出てくる筈なんだけど」
桃太郎:「そんなの知った事じゃないね。行くぞ!猿、鬼ヶ島へ!」
ばあさま:「え……!?ちょっと待て。成長段階もなく、いきなりそこへか行くのか!?しかも僕は今、
ばあさんを演っているのであって、猿じゃ……」
桃太郎:「これからは猿だ!行くぞ、猿。鬼ヶ島へ!」
ばあさま:「……」
じいさま:「気をつけたまえ。僕は君がどうなろうと、知ったことではないが、雪絵さんが悲しめば、
千鶴子も悲しむからな」
桃太郎:「何を言う。お前も行くんだ、キジ!」
じいさま:「……キジ……」
こうして桃太郎は、仲間となった猿とキジを伴って、鬼ヶ島へ向かいました。途中、桃太郎の幼なじ
みだという、下駄のような顔をした犬も連れて、一同は船へ。
桃太郎:「さあ、鬼ヶ島が見えてきたぞ!キジ、偵察へ行くのだ!」
キジ:「嫌です」
桃太郎:「何だと。お前僕の部下のくせに!」
キジ:「あんたの部下になった覚えはないし、そもそも鬼退治へ行くつもりも、毛頭にない。
偵察というのは探偵の仕事だ。あんたが鬼ヶ島へ様子を見に行けばいいだろう」
桃太郎:「仕方がない……猿!お前が行け!」
猿:「え……でも、僕は泳げな……うわぁぁぁぁぁ!」
どぼん、と音を立てて、猿は桃太郎によって、海へ投げ入れられました。これは後々人々の間で『瀬
戸内海殺猿事件』として、語り継がれていったという……のも可哀相なので、猿は溺れながらも、島
に上陸しました。
桃太郎、そんな猿を見て、高らかに笑います。まったく、どっちが鬼なんだか分かったものではあり
ません。
猿が浜辺で手を振っているのを見て、一同は鬼ヶ島へ上陸しました。
桃太郎:「さぁ、鬼ヶ島へ着いたぞ!どこだ、鬼!?」
猿:「ううう……帰りたい」
犬:「さっきから俺の出番が無ぇじゃねぇか」
キジ:「……おや、あれは」
安和鬼:「先生!」
桃太郎:「む、お前は!?」
安和鬼:「何処へ行ってたんですか!?先生!」
桃太郎:「お前は……和寅か?どうしたんだね、こんな所で?」
安和鬼:「どうしたも、こうしたも、先生がいなくなって益田鬼もへこんでいるっていうのに」
桃太郎:「そうであったか。いや、大きな桃の乗り物かあるなと思ったら、それに閉じこめら
れてしまったのだ。あちこち旅をしている内に、そこの子分どもと出会って、ここに
戻ってきた、と言うわけだ」
キジ:「誰が子分ですか、誰が」
猿:「鬼退治するんじゃなかったのか……?」
犬:「馬鹿らしい、俺は帰るぞ」
桃太郎:「和寅、益山君にただいまと報告してくれたまえ。皆の衆!神である僕が戻って
きたからには、もう安心だ!」
というわけで、鬼ヶ島の大将の座に戻った桃太郎は、末永く彼らしく暮らしたとのことでした。一方、
猿、キジ、犬は、桃太郎の突飛さにはついて行けず、故郷へ帰ったものの、その後もついには桃太郎
との腐れ縁は切れなかったとのことであります。
めでたし、めでたし。
京極堂IN昔話 『桃太郎』
平成13年12月29日初刊発行『異本 解体心書〜妖』にて掲載

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